「文久4年・1864年」の「半夏生」はいつ?

雑節の一つである「文久4年・1864年」の子年(ねずみどし)の半夏生(はんげしょう)です。

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1864年文久4年の半夏生

雑節 日付
半夏生(はんげしょう) 7月3日(日曜日)

半夏生とは

「はんげしょう」日本独自の暦の雑節の一つ。七十二候の「半夏生」(はんげしょうず)から作られた暦日。毎年7月2日頃となる。もともと夏至から数えて11日目としていたが、現在では天球上の黄経100度の点を太陽が通過する日。半夏生の時期には天から毒が降るとされていてこの期間までに田植えを終わらせておく必要があった。秋の収穫に影響が出るため田植えを終える目安とされていた。七十二候の一つでもあり雑節の一つでもある。

文久4年1864年の半夏生7月3日(曜日)(仏滅)です。

「文久4年・1864年」の半夏生

半夏生の由来

この時期の田んぼに半夏(半夏(はんげ・カラスビシャクのこと)が生える頃が由来。「半夏が生える時期」という意味で半夏生。

半夏生の食べ物

関西では知られているが関東ではあまり知られていない半夏生の食べ物。

たこ

田植えを終えた農家が神様に捧げる食べ物としてタコを捧げたことが始まりでタコの足のように稲もたくさん根を張り稲穂もたくさん実るように願いをこめてお供えとした。また、タコにはタウリンが多く含まれていて疲労回復効果があり田植えで疲れた身体に効果があったことだろう。

うどん

うどん県の香川県。さぬきうどん協同組合は、昭和55年に7月2日を「うどんの日」と定めている。

福井県。半夏生さば。「はげっしょさば」と言われる。

もち

奈良県と大阪府の一部。半夏生餅(はげっしょうもち)、小麦餅(こむぎもち)、さなぶり餅(さなぶりもち)など。

1864年文久4年の半夏生は何日前?

1864年文久4年の半夏生は何日?今日から日数で58784日前160年11ヶ月10日前の7月3日(日曜日)です。

半夏生 1864・1865・1866年の一覧表

雑節 日付
1865年の半夏生 1865年7月3日(月)
1866年の半夏生 1866年7月3日(火)
1867年の半夏生 1867年7月3日(水)
1868年の半夏生 1868年7月3日(金)
1869年の半夏生 1869年7月3日()

半夏生1864過去一覧

雑節 日付
1863年の半夏生 1863年7月3日(金)
1862年の半夏生 1862年7月3日(木)
1861年の半夏生 1861年7月3日(水)
1860年の半夏生 1860年7月3日(火)
1859年の半夏生 1859年7月3日()